紙媒体の存在理由

PLUSHの新作がいい。
もうここ3年以上、牛歩のごとく制作されていた音がようやく完成に近づきつつある。
削り取ってはまた加え、加えては削り取る仏師のような作業を、その段階段階で聴いてきた人間にとって、その詳しい過程に興味は尽きないのだが、いつものようにレコーディング詳細は明かしてくれない。
だったら次号でじっくりインタビューしようかな。
今度こそちゃんと答えてね。

次号のことで今僕を苦しめているのは、紙というメディアにしかできない役割とは何かということである。
情報量と即応性という意味ではネットの圧勝。
わざわざ手間とお金をかけて紙にインクを定着させて、お店まで足を運んで購入してもらう本というメディアの存在意義みたいなものはいったい何なのか。
それを探して思い悩む。
そのヴィジョンが見つからないのなら、雑誌なんてやめてしまおうと思っている。

ヒントは新聞にあるような気がしているんだけど(もちろん新聞はメディアとして斜陽で、30年後にはないことも知っている)。
「いつ、どこで、誰が、何をしたか」はネットで事足りる時代になり、新聞の足場はその向こう側にあるニュースの背景と解説に重点を置いている。
つまり本誌も音楽が作られる現場の「物語」を紹介するのだ。
そしていつまでも持っていたい、モノとしての価値も重要か。

ダメか。
そんなのいらないか。

FLECKFUMIEのふたりが愛娘を連れて帰国している。
息子は自作の歌を道すがら歌う。
初夏の日差しの中、皆幸せそうだ。

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