合理主義の行き着く先

「合理的」に事を運ぶということ。もしくは「効率性」を優先することでもいい。
いわゆるこの西欧合理主義の行き詰まりが、今の日本の足下にある社会不安の遠因と思われる。
コミュニケーションにしても、生産労働にしても、合い言葉は「合理的」であって、果たしてメールごときはコミュニケーションなのか、派遣は正常な生産労働なのかという根本的な問いは保留されたまま、我々は合理的なるモノを無意識に受け入れた。

それは紙媒体も同じだ。
雑誌の本来は、読者に支持されるから結果広告が集広できるという仕組みだったのだが、いつの間にかページを切り売りして広告を入れることが「合理的」となって、だったら丸ごと売った方が「効率的だ」とフリーペーパーが生まれた。そして早晩、紙媒体というメディア自体が死のうとしている。
「効率」よく稼ごうという強欲の結果、そのビジネス・モデル自体が立ち枯れたわけだ(金融も同じだな)。
フレキシブルで、コストのかからないネットに最後の背中を押されたことを差し引いても、それより以前に緩やかに死が始まっていたことは間違いない。

HIMの連中が来日した。
吉祥寺のスタジオで、新作のオーヴァーダブとミックスを4日間敢行。
毎日お昼過ぎから日付が変わるまで働き続けたのだが、自分はその作業に積極的に参加することは控えている。
彼らを連れてスタジオに入り、スタジオの脇で読書をしながら待つのが僕の流儀。
時に雑談に加わったり、アドバイスを求められた時以外は読書の時間なのだ。
今回のお楽しみは『田中清玄自伝』。ちくま文庫から奇跡的に文庫化されたもの。
戦前、戦中、戦後の左右イデオロギーのマグマの中を奔放に生きた怪物で、93年に87歳で死んだ。

戦前の武装共産党の書記長として官憲と銃撃戦をし、入獄したと思ったら転向して出獄。戦後はナショナリストでありながら右翼でなく、結局左右両陣営から煙たがられたフィクサーだった。昭和天皇から日本の政財界のトップ、学者、アングラ人脈にまでつながり、ヨーロッパ、中東、中国、東南アジアのトップ中のトップと交遊を持った異人として知られ、その関係は広く深く、時の総理大臣のアドバイザー、指南役として活躍した。官僚派の首領、岸信介とその側近、児玉誉士夫を徹底的に批判して、児玉の配下の東声会組員に銃撃された経験も持つ。

くしくもこの本の中で、西洋合理主義の行き詰まりを彼は予言している。旧ソ連の崩壊、冷戦終結でわき上がる資本主義陣営に釘を刺すように、当時から「西洋合理主義はいずれ行き詰まり、それを乗り越えるには東洋的な多様性の価値観が必要になる」と説いていた。

さーて、怪物からとんでもない宿題をもらいましたね。
合理的資本主義における究極の金儲け=金融が頓挫した今こそ、この提案を実践に移す時なんだろう。
西欧的一神教でない、東洋的多神教が持つ多様性を、どのように社会に実践させて、その結果どう世界を変えればいいのか?
大変な難題だ。

trackbacks(0)

http://www.afterhoursmagazine.jp/cgi/mt/mt-tb.cgi/89

post a comment

  • Archives
February 2022
SUN. MON. TUE. WED. THU. FRI. SAT.
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28