最近よく目にする人気のデザイナーが、ある釣り具メーカーと仕事をしたらしく、テレビ番組でこんな話をしていた。「家族で釣りに行こうと思って釣具屋さんに行っても、素人は何を購入すればいいかわからない」と。だから彼は「ビギナーにも買いやすく、使いやすい釣り具の開発」をまずメーカーに提案し、その結果、素人には扱いにくそうな堅調の竿を、機能性のないショルダー型のロッド・ケースに入れるという恐るべき新製品をデザインした。「これなんですが、いいでしょ」だって。
つまりこういうことなんだろうと思う。釣り具の敷居の高さを、多様な消費者に開かれていない閉鎖的な釣り業界の障壁と捉え、それをまず解消するべきだと彼は考えた。そのためには今まで一部おっさんの趣味の領域を出なかった「魚釣り」を、老若男女、ファミリーからカップルまで楽しめる「フィッシング」に変えられれば、裾野は広がり遊戯人口も増え、結果、メーカーの利益になるだろうと。それにはまず簡単な道具立てと、おしゃれなデザイン性が求められると言っているわけだ。
こういうのを「香具師の口上」と言う。
古今東西、障害を乗り越える力の源泉は「意欲」以外にない。どうしても息子と釣りをしたいという強い「意欲」のあるパパは、とにかく釣具屋に行って店員に教えを請うはずだ。それを「何を購入していいかわからない」とか、「近所に釣具屋がない」とか、「素人すぎて店員にバカにされそうだ」とか、そんな理由で行き足が鈍るようなら、それはそのパパの「意欲」にこそ問題があるのであって、釣具屋やメーカーには問題はない(さらに付け加えるなら、敷居は低い方がいいという考え方も非常に傲慢である)。
この種のインチキは音楽の世界にも通じるものがある。聴く側の「意欲」の低下が、今業界が抱えるすべての問題の根源のような気がしてならない。つまり音楽を聴きたいというプリミティヴな「熱」や「飢え」が足りないのだ。メディアの変化や情報端末の進化といった環境の問題は、実は表層の問題で、裏でじわりと広がる「意欲」の減退が実は問題の本質だと睨んでいる。
ビギナーには敷居が高いだろうからと、人を小馬鹿にしたようなコンピレーションCDを売りつけるレコード会社の発想こそ、この人気デザイナーのそれである。釣りの師匠が言ってた。「釣りがうまくなりたいなら、最初からいい道具を買え」ってね。さすが師匠、もっともだ。